超時空要塞キクロス

キクロスとは菊池市生涯学習センターのことです。友の会の会員が除名覚悟で書いております。

綿矢りさのデビュー作

『インストール』
朝子は学校へ行かないでチャットに夢中になる、進学校の落ちこぼれ(になる)女子生徒である。しょうもない理由で学校へ行っていない(ここは『蹴りたい背中』の初美と大きく違う。初美は息苦しさに耐えて学校という名の地獄に通っている。本当は普通の女の子でいることもできるのだが、敢えてそれは選ばない。

同じマンションに住む小学生のかずよしと知り合い、コンピューターの使い方とチャットの指南を受ける。かずよしは朝子よりもはるかに大人で、仮面を被って別人格を演じることもできるし、実際の小学生(を演じた)生活を楽しむことすら出来る。クラスで浮いた存在ではないのである。最後まで朝子には敬語を使って、きちんと距離を置いている。「朝ちゃん、お願いがある。みんなに高校サボっていることはナイショにしてあげるからおっぱいを触らせて。」などとは言わないし、綿矢もそういう愚は犯さない。学校という厄介な社会(進学校ゆえに勉強をサボると惨めな将来が待っているという脅迫観念があるだろう)と、とどう折り合って生きていくのかというテーマは外さない。ここが非凡である。
ついには一線を越えて「エロチャットを楽しむ男はセックスの疑似体験でなく、チャットでのセックスそのものを楽しんでいるのである」という教訓、「書き込むリズムとタイミングが重要なんだ」というコツを会得する。そのことに、ときめいてもいるのである。もう耳年増の領域ではない。
とはいえ、かずよしからも、同級生の光一からもヤバイという忠告を受けながら、結局は母親に登校拒否がバレてしまっているのだが、井の中の蛙でしかない、つまり自分自身がもっとも愚かであることを思い知らされる。
「学校でいじめられているのかい」と言いつつ母親は泣く(担任のナツコは自分の地位の危うさから涙するから、両者の重みは違う)。朝子は現実に取り戻される。ある意味、ドライな小説だが、ここには間違いなく人の温かさ(概して親の想像と子どもの実態はかけ離れているのだが、これは朝子の家庭も然り) が宿る。かずよしの母が実母ではないのと好対照である。

朝子は多分浪人して大学へ行く。かずよしは、もしかしたら自分で事業を興すことになるだろう。が、闇社会とか裏社会と言われる所にに入っていくのかも…二人の行く末を想像することが楽しい。