超時空要塞キクロス

キクロスとは菊池市生涯学習センターのことです。友の会の会員が除名覚悟で書いております。

髙村薫『我らが少女A』

ある方にこの本を紹介したので、レビューを掲載します。

刑事・合田雄一郎シリーズの最新作である。
久々に髙村薫の刑事物を読んだ。『マークスの山』、『照柿』、『レディー・ジョーカー』以来である。合田が主人公や語り部として登場するものは、他にもあるのだが、すっかり倦んでいて、これ以来髙村薫のミステリーは読んでいなかった。
故に根っからのファンでないことはご理解いただきたい。
先に挙げた3作は、ストーリーや構成には文句がない。心理描写も巧みだ。だのにデティールに拘泥するあまり、肝心の話がちっとも進まない。面白いのにイライラが募るという感じであった。
さて、本作はどうかといえば、多分髙村の最高傑作。この粘着質の作家、時に読者に対して説教がましいところすらあるのに、初めて一気読みできた。
CMも含めたTV。PCやスマホや専用機でやる電子ゲーム。さらにゲーセンの流行り廃れ。小生はゲームと名のつくものを一切やらないので全く分からないが、多分された方には懐かしいものもあるだろう。そして、その時々の流行歌、ヒット映画、漫画、商業施設。人気のスイーツ。そういった俗世界を理解していないと書けない。キーパーソンの一人が、ゲームの世界に嵌まって現実世界に戻れなくなる、依存症気味の青年、精神的に障がいを抱えているのだが、この浅井忍の視点を通して平成の世相を映し、今回は小生も抵抗なく物語世界に入って行くことが出来た。
真ん中あたりで、殺人犯は誰か分かる。どんでん返しはない。しかし、そこで興味はまったくそがれない。登場人物各々が事件に触れてどう動くか?
読後も緊張の糸は張りつめたままである。
いや、これはお見事だ。

以上が読後に書いたもの。


髙村らしく、まずディテールに拘泥する(かのように見える)あまり、話が進まない。事件が動かない(ように見える)。ことに最初に少年Aと疑われた浅井忍(キーパーソンである)が精神を患っていて、彼の視点がゲームの世界と現実の世界を行き来する。それから小生のようにスマホを持たない、コンピューターゲームを一切やらない層にはかなりつらい。置いてきぼりを喰らった感じで最後まで行き着けない読者が少なくとも三割はいるかもしれない。が、粘り強く読んだ読者には最後に贈り物が待っている。この贈り物が幸か不幸かは読み手次第であるのだが…。

浅井忍は小生と共通点がある。あまり周りを気にしない、いわゆる自己チュー気質である。もちろん小生は浅井ほど酷くはないが。
その浅井、三十を手前にして「明日仕事があるから」「仕事に行かなきゃいけないから」と口にするようになり、同級生や刑事は、その変化に驚く。ゲームやスマホに夢中になり、学校や仕事に行かないくらいだったのに、である。父親からは「もう面倒は見きれない」と絶縁もされる。物語の終盤では忘年会で「会社楽しいっすね」とすら口にする。ゲーマーとしては半端な存在だったと自覚する。明らかに社会に適応し始めている。彼こそ、実はこの物語の主役だと思ったのは小生だけだろうか?

少女Aが犯した殺人事件、さらに少女Aも殺害され、少女Aの母親は病死、未読の方のために明かさないが、もう一人事故死する。エンターテインメントの刑事小説だから登場人物の死はつきものである。それを「あざとい」とは小生は感じない。運命だったのかと思わせる。言うまでもなく、死の反対語は生である。読みながら登場人物それぞれが小生の中で生きていた、つまりリアリティを感じていたのである。

以上が初読から4年くらい経って再読して書いた物。