超時空要塞キクロス

キクロスとは菊池市生涯学習センターのことです。友の会の会員が除名覚悟で書いております。

光る君へ(2)

視聴率は最低の部類らしいが、無理もない。敷居が高いとまではいかないが、あまりにも昔の話で最初から敬遠する層が多いだろう。村上龍は「知っている歌手が知っている歌を歌っていたのに、今の紅白歌合戦は知らない歌手が知らない歌を歌っている。つまり紅白は役割を果たし終えたのだ。」と書いていた。が、もうテレビジョン自体も、終わりだろう。決まった時間に決まった番組の始まるのを待つなどという行為はパソコンとスマホが普及した現代社会では、成立し得ない。
本来、面白い番組を放送し、それに期待して企業がCMを流すという“健全な”関係があったのだが、BSでチャンネルが増えてもテレビショッピングばかりがやたらに目立つ。ついでながら、雑誌も企業にとって絶好の広告媒体だったのだ。これも売れない。結果電通もネット広告を作ることに力を入れざるを得ない。そして過労自■者を出してしまった。

今回は、式部(まひろ)と道長各々子役から吉高由里子柄本佑に交代し、6年の時を経て再会ということだが、式部が石を蹴ろうとしたら草履が抜けて道長に当たって…というのがいかにもNHKというか朝ドラ的というか、芸がない。第一、登場人物たちの感覚が現代人のそれと変わらないではないか。そもそも身分の違う者同士が気軽に話をしすぎる。もっともこれは昔からNHKのドラマではあったことなのだが。幼少時の三郎(三男だからということだろうが)を、天皇の后となった姉の詮子が「道長」と呼ぶシーンが気になった。名前にも表と裏がある。身内の人間にとって幼名のまま呼称するのが自然ではないか。
式部がアルバイトのような形で代筆業をやっており、うまく短歌を作れない者の代わりに三十一文字をひねり出す。これを快く思わない(というもの説得力を欠く)父親には「代筆をやっている時が自分らしくなれる」というような意味のことを言っているが、文才のある者はどこかで書くという行為なしに生きられなくなる。いわばハングリー精神が式部にはあったというのは想像に難くない。
予告編からすると次回は源氏物語の「雨夜の品定め」に模したシーンがありそうだ。

 

[追記します]

以上は放送当時書いたもの。

いい本がある。芸術新潮2023年12月号。芸術"新潮"は新潮社が出しているだけあって、絵や彫刻だけでなく文学も特集する。源氏物語のストーリーダイジェストなんて、実によくまとまっていた。キクロスにはまだあると思う。興味のある方は手に取って見てください。