小さい白いにわとりが、みんなにむかっていいました。
「このむぎ、だれがまきますか。」
ぶたは「いやだ。」と いいました。
ねこも「いやだ。」と いいました。
いぬも「いやだ。」と いいました。
小さい 白い にわとりは、ひとりで むぎを まきました。
光村の国語教科書に長く採用されていた「白いにわとり」である。ウクライナの民話がベースになっているらしい。
それはともかく「覚えている」「印象に残っている」という人は多いのではないか。もちろん、白いニワトリの健気な姿が胸を打つこともあるが、七五調でできているのもそうだろう。
翻ってわが母校。熊本県菊池市立隈府小学校である。隈府は「わいふ」と読む。熊本が隈本であった時の名残だろう。かつて菊池氏は九州の有力な豪族だった。その証しだろうと勝手に思っている(というか事実だ)。
その隈府小学校の校歌。
希望は高し 阿蘇の嶺
明けゆく八筈 鞍ヶ岳
文化の花を菊池野に
咲かせてかおるわが母校
われらが光り 隈府校
八筈(やはず)というのは八方ヶ岳(やほうがたけ)という、急峻な山のこと。歌にある通り、八筈岳(やはずだけ)とも言う。一方、鞍岳(くらだけ)の方は阿蘇外輪山に含まれるなだらかな山である。が、歌にある鞍ヶ岳(くらがたけ)というのを校歌以外で聞いたためしがない。くらだけ では字足らずだから、強引に くらがたけ にされたのである。こういうのは全国どこにでもある話である。
細川たかしの「矢切の渡し」でも、最後だけ"ふたりです♪"と「です」で締めくくられる。これも、ふ・た・り・で・す と、五音にするためだろう。
五七調は日本人にとって心地よい。が、それは元々、というだけでなく教育によって、あるいは世俗の歌によって身体で覚えさせられた側面もあるのではないか。